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サンタクロースにまつわる思い出は? に参加中!
クリスマスが近付いてきました。私の東京→関西への引越しも近付いてきました。
私はキリスト教でもないし、聖ニコラスのこともよく知りません。
金貨を投げ入れる煙突もないし、その金貨が偶然入る靴下もうちには吊るしてない。
サンタの赤い服はコカコーラの戦略だとかも知ったこっちゃありません。
だけど、サンタはいるんだと思う。だってその方がなんか楽しいじゃん。

前に何かで読んだ「サンタはいるんだよ、形を変えて。」みたいな話を思い出した。ので、うろ覚えで季節的なエントリーをしようかと。

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サンタは、いる。
ただ、昔の「サンタさんがオモチャ工場でオモチャを作って、袋詰めして、空飛ぶトナカイとソリに乗って、煙突から入って枕元の靴下にそっとプレゼントを置く」というスタイルではなくなった。

現代の子供たちの欲しがるものが"市販品"になってしまったから。
煙突の代わりにセコムやセキュリティが備わっているから。
高層ビルが空飛ぶトナカイの邪魔をしてしまっているから。

サンタさんは、市販品を作れない。だって市販品は企業がつくるもの。
ファイナルファンタジーのゲームが欲しい、といわれてもサンタはFF作れないし。版権物は権利が云々大人の事情が。とか。

だから、

サンタさんの代わりに企業が”子供の欲しいもの”を作る。
サンタさんの代わりに運送業者が子供達の家に届ける。
一人のサンタが今までこなしてきたことを、
みんなで役割分担して”サンタの仕事”をこなしている。
サンタさんも、サンタさん代行の企業や大人たちも、
子供の笑顔や幸せを願っているという点ではなにも乖離なく枕元にプレゼントを届けている。

じゃぁこのシステムが”サンタクロース"なんじゃないのって。
じゃぁサンタはいるんじゃないのって。
赤い服を着て髭を蓄え大きな袋を背負う笑顔の素敵な老人が一人なのではなく
子供の笑顔を望む多くの人が叶えるその仕組みが”サンタさん”なのね。なんて。


私は小学一年生の頃、入院していてベットの上でクリスマスを迎えることになっていたのだけど。
入院中家族もほぼお見舞いには来なかったし、うちがキリスト教じゃないことを差し引いても
クリスマスを大してイベントとして捉えていなかった。 別段それを悲しいとも思わなかった気もする。
大きなプレゼントもなかったけど、祖母がお見舞いに来てくれたのが
たまたまクリスマスというイベントの日だったというだけだけど、
おばあちゃんが笑って名前呼んでくれるだけで私はすごくすごく嬉しかったなぁ。
なんだか私はその"出来事"がクリスマスプレゼントだったのかなぁなんて思って。
だったら私にとってのサンタやクリスマスは、
赤服の老人でも高価なオモチャをもらえる日である必要もなかった。 
だから、"子供を笑顔にする"ということがサンタの目的であるなら
実行者やプレゼントは形式ばったキャラクターじゃなくてもいいんじゃないかなって。


うーん、、、「この仕組みがサンタだ!」てのは強引というか寧ろ夢がないんだろうか。
でも「ここにいるみんながサンタなんだよ」 は正直わるくないと思っているというか。
キャラクターとしてのサンタクロースは存分に経済を回してくれるので必要なのですが。

もちゃもちゃしたけど、「サンタクロースはいる」。
これでいいんじゃないかと。
時代に合わせて物事や仕組みは変わってくけど、望むものが変わらず想われ続けるのはいいよなぁ。 


あ、ケーキ食べたいね。糖分必要よね、うん。over.